先生の著書を読み、「問いを立てる」というテクニックが気になりました。展開力がありそうなのですが、いまひとつ具体的にどう活用するのかがわかりませんので、質問させて下さい。
どんなふうに問いを立てれば良いのでしょうか? また、「問いを立てる」ことが、プロパティやディメンションを増やすのに役立つというのはわかるのですが、他にどのように分析に役立つのでしょうか?
「看護師が患者の治療選択にどのように関わっているのか」という研究テーマで、看護師を対象にしたデータ収集をおこなっています。しかし、実際に収集したデータでは、「看護師がどう関わっているか」という内容はあまり収集できず、「患者がどう行動したか」という内容しか収集できていません。
このように研究テーマとデータの内容が乖離した場合、どのようにデータを分析すれば良いのでしょうか?あくまでデータに忠実にということはわかるのですが...、どうしたらよいのか悩んでいます。
<Aさん(学部生)より>
ブログ編集の皆様
はじめまして。看護研究で,グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて論文を執筆している大学院生です。周囲にストラウス派のグラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた研究をされている方を見つけることができず、御協力いただいている対象者の皆様への感謝と戈木先生の書籍やこのブログを心の支えに少しずつ日々分析を進めています。分析の途中経過については、時折、大学院の研究報告会で、指導教員や他の院生の方々に説明し、意見をいただいている状況です。そのような現状の中で、質問があり、今回メールを差し上げました。要領を得ない質問になるかもしれませんが何卒よろしくお願いいたします。
●1点目の質問
最近の研究報告会で、質的研究で別の内容分析を行っている院生の方から、グランデッド・セオリー・アプローチでは、分析において、概念名の妥当性などはどのようにして確認するのか。という質問がありました。その方の内容分析では、まず一人の分析者データからラベル、カテゴリーまで分析を進め、その後、別の人に、データ、ラベル、カテゴリーまでを記載したものを渡し、読んでもらい、1人目の分析者と2人目の 分析者の一致度が高いかどうかという作業が必要とのことでした。同じ方法を用いた研究者の方との検討やスーパーバイズを受けることが容易ではない現状で研究を進めている状況で、このまま分析を進めていいのかという疑問が芽生えました。
●2点目の質問
現在、収集したデータの分析を少しずつ進めていますが、リッチなデータとは言い難く、インタビューの難しさを痛感しています。とりあえず、1文ずつ切片化し、ラベル名をつけ、連載の140号のラベルからカテゴリーへの抽象度の上げ方について詳しい解説などを何度も読み返しチャレンジするのですが、どうしてもカテゴリーへのまとめ方、カテゴリー名を考えるところでつまずいてしまいます。あまりリッチではないデータからのラベル化、そしてカテゴリー化は横道にそれていることになるのではないかと堂々めぐりを続けています。対象者の皆様のご協力を無駄にしたくない一心で、机に向かっていますが、このような場合の対処法があれば教えていただければ幸いです。
<「もうすぐママに」さん(大学院生)より>
グラウンデッドセオリーの質問以前の問題かもしれませんが、よろしくお願いします。
心理学専攻なのですが、たとえば精神科医や臨床心理士や教授などのプロがインタビューをおこなったインタビューが分析された場合には、「信頼性や妥当性がある」と考えられても、まだインタビューがはじめてという学生が「いくつか先行研究や本を元に質問項目を用意して、インタビューしました。インタビューは半構造化面接で、インタビューの質問項目以外の質問も、話の流れによって出てきました。それを分析してまとめました」といっても、そのインタビューの質問項目やインタビューをした人自体に、信頼性や妥当性がなければ、どう説明するのか??? という問題につきあたっています。
問題があるというか、そこをどう説明すれば、質的な研究をしていない人たちにも、「インタビュー」の結果に信頼性・妥当性があるのです、といえるのでしょうか・・・
インタビューの手順やインタビューの質問項目が先行研究で何度も使われていて、だから妥当性や信頼性があるのですという以外に、ないのでしょうか。
「半構造化面接」とひとくちで言っても、アマチュアの学生がおこなうものですから、本当に信頼性や妥当性があるものであるかといわれたら、「そうです」と言うための根拠に乏しいのです。
好きなことを適当におしゃべりするのではなく、「知りたいこと」「聞きたいこと」を聞いていっても、それが「半構造化面接というインタビューをしました」「信頼性と妥当性があります」とはっきり言えるほどのものなのかどうか・・・・ という根本的な問題です。
<いいださん(大学院生・心理学専攻)より>
最近、ある先生から学生指導についてどうしたら良いかとご質問いただきました。その先生は、学部生の質が最近特に落ちてきたと嘆いておられました。
その際、私は、論文であれレポートであれ、「考え方」が身についていないのが問題なのではないか、ということを先生にいい、『グランデッド・セオリー・アプローチ 理論を生み出すまでの話を 先生にしました。そして、これを参考にして学生に指導したらどうかと提案しました。
そうしましたら、来年度からグランデッド・セオリー・アプローチの方法を使ってゼミで考え方の指導をやってみようということになりました。
しかしながら、どういう事例を取り上げたら良いのか、どうやって指導すればいいのか、ということで悩んでおられるようです。
経営学にかかわるものに関しては、どういうものを最初は取り上げ、学生に指導を行ったら良いのでしょうか?
<Oさん(大学院生:経営学専攻)より>
GTAはプロセス分析が唯一の適応目的なのでしょうか?
先日聞いた院生の修士論文の発表の中に、GTAを使ってカテゴリーを3つの要因に分けている研究がありました。具体的には、10人の女子大生に「様々な体験を通して、いかに父親像が形成されていくか」というテーマでインタビューを行い、逐語をGTAで分析していました。
そして、ラベルを24抽出し、10のカテゴリーに分け、それをさらに社会性・養育性・異性性という3つの要因に分けていました。発表後、「GTAはプロセス分析であって、あなたのはKJ法なのでは?」と質問されていました。しかし、大学院生は研究の過程でデータに密着して絶えざる比較をしていましたし、私はKJ法とは違うと思いました。こういう風にプロセス分析というよりも内容分析のような目的でGTAを使用してもいいのではと考えますが、どうでしょうか?
<Tさん(心理系大学院生)より>