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シリーズ【看護の知】

スタッフを「活かし・育てる」訪問看護管理者の関わり

  • 中村順子 著
  • A5 160ページ (判型/ページ数)
  • 2022年03月発行
  • 978-4-8180-2400-7
本体価格(税抜): ¥2,400
定価(税込): ¥2,640
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16人の熟練訪問看護管理者の“言葉”で明らかになったスタッフ活育法から“看護の本質”を理解する!

シリーズ【看護の知】初の在宅領域となる本書では、16人の熟練訪問看護管理者たちの臨場感あふれる“生の声”を豊富に紹介。在宅看護の“実践知”が言語化されており、スタッフの育成に役立つとともに、訪問看護師が自らの実践を振り返るときの参考になる。病院の退院支援部署だけでなく、病棟ナースが、退院先である“真の在宅看護”を知ることもできる最適の書である。


はじめに
I プロローグ――看護師の持つ“よきもの"を呼び醒ます関わり
II 期待する訪問看護師像を示す

期待する訪問看護師像を示す
III スタッフを活かすために管理者自身が行っていること
スタッフが働きやすい基地づくりをする
後ろ姿を見せる
IV スタッフを活かすための3つの関わり方
“近づき寄り添う看護"ができる看護師として活かす
1人ひとりのスタッフが持っているものを活かす
地域の存在感あるリソースとして活かす
V トライアングルの中にある価値の双方向性の確信により三者が活かし・活かされる
トライアングルの中にある価値の双方向性の確信により三者が活かし・活かされる
[解説] 訪問看護管理者の“関わり"の構造
VI スタッフを“活かし・育てる"関わりのさらなる展開
VII 管理者の実践知としての“訪問看護の在りよう"
VIII 訪問看護管理から導かれた看護実践・看護教育への提言
Appendix[付記]

I研究デザイン/II研究の具体的な方法/III倫理的配慮
あとがきにかえて


はじめに

 筆者が大学院に入学したのは47歳の時である。それまで主に在宅領域における実践活動を続けていた。筆者の学生、新人看護師時代は“病院の世紀”の真っただ中で、筆者も“治療過程を支え、医療職としての専門性を発揮する”看護にあこがれを持ちながら勉学に励み、また総合病院の内科病棟で勤務していたことを思い出す。自身も保健師の資格を持ち、病院には公衆衛生看護部門があったにもかかわらず、少なくともその頃の自分には「患者の退院後の生活はどうなるのだろうか」という疑問はほとんど浮かばず、ひたすら入院中の患者によいケアを提供することばかり考えていた。
 数年後、初めて訪問看護で在宅療養者に訪問した時のことは忘れられない。患者の置かれた環境、ケアの状況、家族との関係……何もかもが「?」の状況であった。しかし、そこから筆者の「問いを立てる看護実践」が始まったともいえる。患者のニーズとは何か、家族をどう実践に位置づけるべきか、在宅看護はどうあるべきか、看護とは何か……。
 このようにして訪問看護をはじめとする在宅看護の実践は筆者に多くの実践知を蓄えさせてくれた。しかし、「この実践は理論的に見たらどうなのだろうか?」という次の問いが大学院進学へと導いた。
 大学院では多くの学びを得たが、とりわけ「実践知は必ずしも形式知にはなっていない」こと、すなわち「個人の実践で得られた経験知が形となって言語化されて、一般にも伝わるようになっていない」という驚きと「実践知を形式知にできる研究手法がある」ことを知った喜びは大きかった。そこから遅まきながら研究者生活が始まったのである。その根底にあったのは「看護実践は理論の先を行っている」という確信であった。
 筆者が訪問看護の実践の中で得た「看護のおもしろさ」は、当時「必ずしも訪問看護ステーションの現場では共有されていない」と感じたことが多かった。また小規模な訪問看護ステーションが多い中で管理者の役割が大きい分、良くも悪くも管理者次第というような状況もあった。「訪問看護の発展は管理者がキーパーソンだ。管理者の研究をしよう。大変な中でスタッフを活かし、経営的にもうまくいっている訪問看護ステーションはある。ロールモデルとなるような管理者の実践知を形式知にしよう」と考え、研究のテーマにしたのが「熟練の訪問看護ステーションの管理者の関わり」であった。
 修士論文では、「病棟経験が長くても初めて訪問看護を始める看護師(新人訪問看護師と呼んだ)に、安心して訪問を任せられるようになるまで熟練管理者はどのような関わりをしているか」を明らかにした。インタビューの中で管理者は誰もがよく語り、その内容は感動的とも言え、訪問看護や訪問看護師であることの情熱をあますところなく示してくれた。逐語に起こしながら感激し、初めての分析に悪戦苦闘しながら涙を流したが、それは決して苦しい涙だけではなかった。筆者自身も同じく看護を志し、訪問看護の現場に身を置いてきた中で「看護師ってなんてすごいんだろう、看護ってなんて奥深いんだろう」という感動の涙であった。
 さて、修士論文を仕上げていく中で、次に湧き上がってきたのは「(失礼ながら)熟練管理者たちは、本当はどう関わっているのだろう」という問いであった。質的研究の分析方法を身につけた時、筆者は同時に冷徹な研究者の視点も身につけていたらしい。そこで、博士後期課程では迷うことなく「参加観察」と「インタビュー」をデータの収集方法とした。何としても熟練管理者の実践を見てみたかったのである。
 博士論文では、熟練管理者のスタッフに対する人材活用と育成の関わりを明らかにした。内容は本文に譲るが、結論として、管理者たちは本当に素晴らしい関わりをしていた。語りだけではなかった。管理者たちの関わりは時に意図的であり、時に無意識であった。多くの管理者は「私はこうやっているんですけど、ほかの人はどうしているかはわかりません。みんなどうやっているんでしょう」と話す。
 訪問看護を追求し、その価値を信じている管理者たちがたどり着く先は、そんなに大きく変わるものではないことは、データ収集のために多くの管理者に出会い、話を聞く中で感じたことである。だが、これを形にして示すことの重要性と研究者の役割を改めて実感させられた。
 本研究は研究論文として既に発表している。しかし実は筆者が願っていたのは、この形式知を多くの実践者に知ってほしいということであった。管理者には「自分のやっていることは間違いではない」という確認や「このようにすればよいのか」という気づきを得てほしい。またこれから訪問看護を始める看護師には訪問看護は何を大事にするのか、管理者が何を期待しているのかを知ってほしい。博士論文がこのような形で出版できるのはこの上ない喜びである。

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